たくさん稼いで、豊かなお金の流れをあちこちつくる
どうも、Kunyです。
「稼ぐモード」で感情をぶっつぶして、身も心もすりへらして稼いだ時期。
「守るモード」で感情を大切にした生きかたを優先し、稼ぎをセーブした時期。
両極端かもしれないそれぞれの時期を経て、今の僕はふたたび「もっと稼ぎたいモード」にスイッチしています。
それは、なぜかというとですね・・・
「自分にとっての『幸せ』ってなんだろう?」
「僕が一番欲しかったものってなんだろう?」
と考え直してみたことから出てきた結論でした。
前回のブログで、僕から仕事の依頼をしたことがきっかけになったのか、ずっと停滞していたお金の流れが、スルスルと動きはじめた、とある起業家さんの話をしました。
実はこのエピソードは、一年くらい前の話です。
そしてつい先日も、似たようなことがありました。
別のビジネス仲間(Aさん)との会話で、その人も現在ビジネスがうまくいっていないらしいことが内容から伝わってきました。
彼と話しているうちに・・・
彼のビジネスの課題をどうやって解決し、現状の停滞感を打ち破ってお金の流れを生み出せるかまでのビジネスプランが、フッと浮かびました。
ここまでは、よかったんです。
しかし、それを彼に提案しかけて
「このプランの実践のためには、まず彼にお金(出費)が必要だ」
ということに気づいて、プランを提案できないまま対話は終わってしまったんです。
その時うかんだ僕のアイデアをざっくり言うと・・・
その方(Aさん)のビジネスと、別の人(Bさん)のビジネスをつなげて別のクライアントさんへサービスを提供し、それぞれに利益をうみだす仕組みでした。
そしてその実践には、投資というか、スタートさせるための資金がAさんに求められるのです。
しかし、彼にはスタートさせるためのお金を捻出する段階になかった。
なので僕のアイディアはそもそも話にならなかった、というわけです。
「僕が一番欲しかったもの」って?
もしも・・・
僕がその「最初に必要なお金」を出せていたら、そのプランをスタートさせられたのに。
はい。
「たられば」のハナシです。
あのとき十分なお金をもってい「たら」・・・
あのときもっとガッツリ稼いでい「れば」・・・
そんな理想をいくら頭の中で描いたところで、実際は彼の力になることはできませんでした。
ちょうどそれは、前回のブログに書いたように僕が「バリバリ稼ぐモード」から転向した頃のことでした。
「そこそこの稼げればいいや〜♪モード」で、ゆるっとプライベート重視の生き方をしていたのでプラスαで稼ごうとしていなかったこと。
しかも、そのときは新規事業や新しサービスの立ち上げが重なり、初期投資など「持ち出し」がことごとく重なった時期だったこともあり、彼へのサポートができるだけの余裕がなかったのです。
僕がそのときAさんにやりたかったことは、「お金の流れを作る」ことでした。
僕から「これでプランを実行してよ」とお金を先にAさんへ渡す。
Aさんがそのお金をつかってBさんに仕事を依頼し、依頼した側も依頼された側にもどちらにもお金の支流が生まれる仕組みを提案する。
それぞれの支流へ流れていく豊かなお金の流れの最初を、誘い水のように上流から生み出したかった。
もしあのとき、僕が思いついたアイデアを実行できたなら、Aさんと、またもうひとりの人Bさんとのビジネスをつないで、それぞれがハッピーになれるお金の流れを生み出せたのに。
僕にお金の余裕がもっとあれば、その流れをつくりだせたのに・・・と、無力感や悔しい気持ちを味わいました。
そのときからです。
「やっぱり、もっと稼ぎたい」と痛烈に思いました。
槇原敬之さんの歌で『僕が一番欲しかったもの』という素敵な曲があります。
僕が一番欲しかったものは、お金でした。
それは「自分の心」を満たすためのお金でした。
「目の前で困っている人を助けたい」というおせっかいな心を満たすために、必要なお金でした。
好きなことは、もっと稼いでまわりへたくさん愛を注ぐこと。
多くの人へ豊かさをふんだんに回して、自分のまわりの人たちが今よりももっとリラックスしながら稼げる「ゆるガチ」な人生を送ってもらうこと。
それが自分にとって幸せなことなんだということを、すっかり忘れていました。
忘れていたことを思い出すことができて、改めて「もっと稼ごう」と稼ぐモードにシフトした出来事でした。
というわけで・・・
これからのおおたか(Kuny)は「さらに稼ぐモード」にスイッチです!
もちろん、ゆるっと自分らしい働き方を叶えながらガッチリ稼ぐ、という、あくまで「ゆるガチ」スタイルのままで。
その理由はやっぱり
「自分らしさを無理につぶして頑張らなくても、豊かになれるんだよ」
と伝えたいから。
結局、何がいいたいかというと・・
今よりもっと稼ぎつつ、大好きな海には今までどおり行くかんね〜。